離婚しなければ良かった

6年前に離婚しました。前の夫は、凄く穏やかな人で、痛風になって歩くのが困難になって、足を引きずっても会社に行くような人で、会社はほとんど法事や結婚式などが無ければ、休むような事をしなくて、多分会社の経営状態が悪くてもお金を金融機関にで借りてきて、お金の心配をかけない人でした。

また、子供の事を第一に考える人で、私が疲れていても、外に遊びに連れて行ったりする事が多かったです。

私は結婚していた時、英語ばかりを勉強していて、お金を英語学習にかなりの金額を費やしていても、全然文句を言わない人でした。
でも前夫が私よりも、彼の家族を大切にしたり、仲の良い女の友達と仲良くしていた事が許せなくて離婚しました。

夫と離婚してから精神的な病気になり、二ヶ月間病院に入院して、その為に可愛い二人の子供は夫とともに、神奈川の方へ引っ越してしまいました。
それで、何ヶ月も子供と連絡がとれず、子供を探す為に市役所に行ったりとか、興信所に行ったりとかしていました。

でも最終的には、上の子供が電話をかけてくれて、私が神奈川に行き上の子供を引き取り、現在では下の子供は、夫の方が好きだった為、神奈川から連れて来る事は出来なかったけれども、上の子供と幸せに暮らす事が出来るようになりました。

私は病気で働けなかった為、家賃が払えないので、父親の家に住む事になりました。
父親は教員だったので、年金を沢山もらっていたので、その年金から、私達の生活費出してもらっていたため、家賃も払わなくてもいいし、学費も父親が払っていたため結構裕福なゆとりのある生活をしていたのですが、私はナイジェリア人の夫と再婚して、生活は苦しくなりました。なぜならこの夫は、マレーシアに住んでいるので、生活費を送らなければいけないからです。

それで、今私は翻訳とデータ入力の仕事と、ライティングの内職の仕事をしています。
これからも、もっと頑張ってお金を稼いで、夫と娘と一緒に幸せになりたいと思います。

パパのいない家庭の現実

離婚を決心する前は、とにかく早く夫と離れなきゃという思いでいっぱいでした。それが子供にとっても一番良い選択だと信じていたし、家族や友人も私の見方で応援してくれていたので、離婚後もきっと周りに支えられてうまくいくと思っていました。

もちろん大変なこともたくさんあるのはわかっていましたが、まだ未熟な私にはそれは漠然としたものでしかなく、現実問題として壁に打ち当たるまではわかるはずもありませんでした。目の前のことでいっぱいいっぱいだったのです。

現在離婚調停中ですが、夫の養育費は今後当てにしないほうが良いと判断しました。もらえてもわずか。子供一人を養うにはもっともっと、膨大なお金がかかるのです。

できれば習い事もさせてあげたいですし、私立に入りたいと子供が言ったのなら入れてあげたい。大学にも入ってほしいです。私の仕事はサービス業で給料は安いため、保育園代を稼ぐので精一杯の今の状況ではそんな教育資金、貯めることなんてできません。

これが一番の問題で、こればかりは家族や友人に頼ることはできないので、困っています。

それから、4歳の娘は、最近「パパ」という存在について私にいろんなことを聞いてきます。「なんでパパはおうちにいないの?」と聞かれたり「パパと遊びたい」と言われることが辛いです。

だんだんと色々なことがわかるようになってくると、父親に会いたいという感情が芽生えてくるようです。

保育園ではほとんどのお友達は家に帰るとパパとママがいて、休日は家族みんなで過ごしています。そういう話を聞くと娘も寂しいと思うのかもしれません。

以前はシングルマザーとしてちゃんとやっていくという強い決心がありましたが、最近はそれが揺らいできています。

もちろん夫と復縁するつもりはありません。ですが娘には「パパ」と呼べる存在が必要なのかなあと思うようになってきました。

現実問題として、女一人で子供を育てるのはとても難しいことです。家族や友人の支えがあったとしても、家族でも友人でも救いきれないものがあります。

それを私一人で解決していかなければならないと考えると、私自身も不安になります。もしかしたらこれから、娘のために「新しい父親」を探す必要が出てくるのかもしれません。

熟年離婚をしてからの生活

60さいになるまで、旦那とは結婚生活をつづけておりました。わたしたち夫婦には、ふたりの子供がおります。娘と、息子です。もう、ふたりとも、30代です。

旦那とは、いままで何度か、離婚したいなとかんじたことがございましたが、旦那が会社を退職してから、毎日、横に旦那が一日中、家にいる生活のなかで、徐々に、いままでやりすごせていたことが、やりすごせなくなりました。子供たちのためにいままで我慢していたのですから。

熟年離婚というものを、経験いたしました。トラブルなどは、予想以上になかったため、すんなりいきました。

マンションを購入していたのですが、話しあいの結果、旦那が、家を出ていくことになりました。いまは、同じ市内ですが、はなれた場所にいます。

電車をのりつがないと、いけない場所です。わたしは、娘とふたりきりで、現在、生活をしております。娘は、正社員として、働いているため、まったく、手はかかっておりません。

おたがい、この年齢だからこそ、よかったのかもしれません。娘との二人生活ですが、たのしい毎日をおくっております。最近では、友人のように、ふたりでよく買い物をしにでかけます。洋服をみにいっては、よくアドバイスをしてくれます。

娘のような、友人のような、ふしぎな存在です。休みにおたがい、はいるので、娘とふたりで、韓国に旅行にいこうとおもっております。垢擦りをしたり、韓国料理をたべたり、たのしみたいです。

だって離婚したかったんだもん

なんで離婚しちゃったの?とかこれからどうするの?ってよく言われる。

正直、もうその質問はめんどくさい。何でって言われても一緒にいるのが辛かったとしか言いようがない。まだ私、30すぎだよ!

平均寿命まで生きたとして約50年嫌だと思う人と暮らしていかなきゃいけないなんてあり得ないでしょ!

私が毎日機嫌悪くしながら子供育て何て子供にも良くないでしょ!今の時代シングルなんてたくさんいるしね。めづらしく無いんだからどうにかなるよって思ったわけ。

実際問題私の回りにはシングルの人たくさんいるよ。うちはまだ子供も1人だし、実家の親も離婚に大賛成。

戻ってきなって迎え入れの準備もしてくれた。ラッキーだったよ!娘も嬉しそうだし!ただ近所の人達は初め様子うかがってる様で気を使ってたみたいだけど、分かってからはみんな受け入れてくれたし助けてくれた。ありがたいなー。

離婚してからは回りの人に離婚の相談とかされるようになったけどそれもまた良し!かな。

悩んでるんだったら私が思うことはただひとつ。これから先楽しいか楽しくないかだと思う。

私は離婚してから言えることは毎日が楽しいってこと。仕事とかお金の事とか色々大変な事とかあるけど夫婦関係で毎日辛いより全然良いよー。

離婚して正解!大正解!!娘はどう思うかわからないし、きっといつか真相を聞いてくるかもしれないけれどね、そのときはその時できっとうまく行く。とにかく今は私の人生を楽しんじゃうよ。

住宅展示場で膨らむ、将来住みたい新築一戸建てのイメージ

今住んでいる場所以外にも土地を所有しているため、いつかそこに新築一戸建てを建てたいというのが家族全員の願いです。

実現するのはまだ先になりそうですが、機会があれば住宅展示場を訪れたり、新築見学会に参加して、将来建てたい家のイメージを膨らませています。

住宅展示場にあるモデルハウスには、室内にテレビや家具などが設置されているせいか、本当に自分が新しい家に住んでいるかのような錯覚に陥ることができて、幸せな気持ちになれます。

気に入った家だと、気が付くと1時間くらいウロウロしていることもあります。

理想通りのキッチンを見つければ、「この料理のときはこうやって使えるよね」とか、「二人で料理するときは・・・」などと言いながら、その状況を母と一緒にシミュレーションしたりします。

リビングでは、「お父さんはいつもここに座って、私はここで・・・」などと家族でやっているので、傍から見ると変な人たちかもしれません。

寝室でも、「ここにベッドを置いて、カーテンは青系にして」と、妄想が止まりません。
家に帰ってからも、いくつかのモデルハウスの間取りを組み合わせて、自分好みの間取りを作成したりして楽しんでいます。

しかし、どんなに素晴らしく設計されたモデルハウスでも、小さい子供には危険かもしれないと感じる場所や、ペットがいるからもっとこうしたいなと思うことは数多くあります。

その他にも、ちょっとした用事で来てくれたお客さんにもくつろいでもらえる玄関にしたいなとか、希望を言い出すとキリがなく、どんどんアイデアが湧いてきます。

自分の家族に合った、理想通りの家にするのはなかなか難しそうです。

とはいえ、たくさんの家を見学することで、これまで思いもよらなかった造りや間取りを知ることができ、とても参考になります。

できるだけ早く家を建てることができるよう、もっと頑張らなくてはと思う毎日です。